
「久しぶりに会わない?」
LINEがきた瞬間、俺は爆速で返事をして翌日夜会うことになった。
元カノと会うのは高校の時以来だ。
文化祭を機に仲良くなり付き合い、その後特に何もなく自然消滅したので、
お互い仲が悪くなったわけではなかったように思う。
が、突然連絡がくるとは驚いた。
あっちは順当に進学していれば大学4年生。
就活が終わり、恋人探ししたい気分にでもなったのだろうか。
何はともあれ、元カノから連絡がくるなどこれ以上に面白いイベントはない。
ついついウッキウキで返事をしてしまい、翌日夜に飯にいくことになった。
18時渋谷待ち合わせ。
JR駅を出てすぐに横にあるよくわらかん壁画のようなものの前で立って待っていると
数分遅れて元カノがやってきた。
「久しぶり~」
…おいおいおいおい。
めちゃめちゃかわいくなってるじゃねえか。
当時も「かわいい彼女できたラッキ~」なんて思ってはいたが
今やその比ではない。
クラスに3~4人はいるかわいい子。から
学年に1~2人はいるかわいい子。
レベルに進化を遂げており、
この時点で俺は超ハイテンションだった。
「じゃ、とりま飯いこっか」
そう言い事前に調べておいた「予約なしで入れそうだけどそこそこオシャレな店」向けて歩き始めようとすると、
「ちょっと待って」
「実はもうお店予約してあるんだ」
と、どうやらもう既に行くお店は決まっていたらしい。
数分歩くと何やらおしゃれなバーにつき
雰囲気もあまりにもバッチリすぎる。
テキトーな店で喋れればなんでもいいでしょ~
くらいの感覚で来たのが恥ずかしくなったが
ありがたくこの雰囲気を利用させてもらうとしよう。
席に座り、最初は雑談が続いた。
案の定彼女は今では大学4年生になり、
サークルや飲み会で楽しい4年間だったそうだ。
大学時代のことは一通り聞き終えたので
「就活大変だったんじゃない?」
とこの時期なら鉄板の就活話を振ってみたが、
何故か就活についてはあまり話したがらなかった。
うまく話を交わされたので
(あっあんま聞いてほしくないやつか…)
(就活の話振ったのはミスったな…)
と心の中で反省した。
彼女の話を聞き終えてから、
「ryo君は大学で何やってたの?」
とついにこちらの話も聞かれた。
パチンコと競馬にハマって大学中退後ネットビジネスに手を出しぼろ儲けしたので毎日遊びまくっている。
なんてことは口が裂けても言えないので、
「今自分で会社やってるんだよね~」
と、こちらも話を逸らすことにした。
普通ならそこで
「どんな会社なの?」
的な質問がくるため
それに対する完璧な回答は頭の中に用意されていたのだが、
返ってきたのは
「へ~将来のこと考えてるんだね~」
というセリフだった。
この時点で、違和感はあった。
何のきっかけもなく突然きた連絡。
事前に予約されている雰囲気の良いバー。
頑なに話したがらない就活のこと。
会社をやっているに対しての反応が「将来を考えてるんだね」だったこと。
どれも別に極端に変なことではない。
が、おかしい。
何かがおかしい。
もしかしてこれは何か準備されたものなのではないか?
もし俺の回答が「会社をやっている」じゃなかったとしても
返ってくるセリフは「将来考えてるんだね~」だったのではないか?
次にくるセリフは、
「でもちょっと将来不安じゃない?」
なのではないか…?
…その予感は的中した。
彼女は俺と会って会話をしているのではない。
何か脳内にテンプレートのようなもの用意してただ口を動かしているに過ぎない。
そこからはあまりにも手際のよい流れ作業だった。
将来不安だよね。
私今副業的なのやっててさ。
ryo君にも向いてると思うの。
彼女の話し方、声のトーン、上目遣い、全て完璧だった。
そして何より顔がかわいい。
美人を前に脳が思考停止してしまうひと昔前の俺なら
何に勧誘されているかもわからないまま
なんちゃら副業だのなんちゃらセミナーだのに
参加表明していたことだろう。
が、今の俺は違う。
かわいい子は心の底から大好きだが、
仕事柄インスタグラマーやTikTokerとは数多く会ってきた。
超TOP層のアイドルやモデルレベルと会うことはほとんどなくても
世間からかわいいと言われるインフルエンサーレベルに出会ったところで
思考停止になるほどやわな男ではなくなった。
恐らく、彼女はそのトーク力と外見で
これまでも数多くの男を勧誘することに成功してきたのだろう。
よく聞けばマ○チの勧誘に過ぎないのだが
たしかにこのトークを目の前で展開されては
それがマ○チだと気づけないのも無理はない。
怪しさや不快感などは一ミリも感じられず
不思議とただ親切に将来の不安を解消しようとしてきてくれているように思える。
将来の不安があるということは、
つまりは俺との将来を考えているのか???
と勘違いしてしまいそうになる。
男はバカな生き物である。
なんとか彼女の目的とこの先の展開に気づくことのできた俺は、
この場をどう切り抜けるか考えた。
恐らくこの後、
紹介したい人がいるだの、
行きたいところがあるだの、
そんな展開が待ち受けているのだろう。
正直、かなりめんどくさい。
こっちはかわいくなっていた元カノと
あんなことやそんなことが待ち受けているのかと
期待に胸を膨らませてここまできた。
が、蓋を開けてみればただのマ○チの勧誘。
「ガッカリ」という言葉では到底表現できない。
思い返してみれば、彼女は決して賢い方ではなかった。
自分ほどではないが、成績もかなり低かったように思う。
大学名は聞きはしなかったが
恐らくはそこまで良い大学に進学することはできず
就活も上手くいかずマ○チにハマり
知り合いの男を片っ端から引っ掛けている最中なのだろう。
かわいそうにも思うが、何よりかわいそうなのは俺だ。
元カノとあんなことやそんなことを期待してウッキウキで来たというのに
それがただのマ○チの勧誘。
俺が興味を示さなかったのが伝わったのか
ついにはもう隠すことなく
「会社で手取り2~30万だの都内で生活できないよね」
だの
「不労所得が貰えるんだよ」
だの言い始めたが、
こっちは既に毎月100万以上の不労所得がある。
そんなもん何も魅力的ではない。
が、この際そんなことはどうだっていい。
俺も実はビジネスで月100万の不労所得が~
なんて言い出せばマ○チから救い出すこともできるかもしれないが
結局依存先が変わるに過ぎない。
頭の弱さと依存体質はそう簡単に治るものではない。
自分を客観視し、物事を合理的に判断する思考を脳に叩き込まない限り
一生誰かの甘い言葉に振り回されて生きるだけだ。
俺にできるのは、現実だけ突きつけて帰ること。
残念だがそれ以外何もできない。
こんな奴と関係を持てば、今後どんな面倒が起こるかわかったもんじゃない。
そこから俺は淡々と現実を語った。
権利収入なんてビジネスモデルは破綻していること。
きっと存在するであろうお前の師匠もどーせろくでもない奴だということ。
その組織にいる人間はTOP以外誰も稼いでいないこと。
その先に待っているのは地獄しかないということ。
心に響いたかどうかはわからない。
理屈で物事を納得できるのかもわからない。
こいつはカモじゃなかったと、そう思われただけかもしれない。
気づけば話は副業や将来ではなくなり、
勧誘的なワードが出てくることは一切なくなった。
下らない昔話を少しして、そのまま店を出ることになった。
「ここ、私が出すから」
てっきりこっちが奢る前提だと思っていた。
このバーで2人分払えばそこそこな金額になる。
マ○チに1人勧誘できれば余裕でpayできるのだろうが、
今日はそんな収穫もなし。
たとえマ○チの勧誘であれ女性に奢らせるのは気が引けるので
「俺が出すよ」と言いはしたが
彼女は頑なに拒み、結局飯を奢ってもらってしまった。
会話の中で、彼女も自分のやっていること、
自分の今いる環境に違和感を感じたのかもしれない。
いや、元々違和感を持っていて
それを誰かに指摘されたことがなかったのかもしれない。
その日は店を出てすぐ解散。
その後、彼女から感謝のLINEが1通届いたが、
特に返事をする気にもなれなかった。
これで
「学生時代の元カノからLINEがくる」
というレアイベントは幕を閉じた。
彼女はマ○チを辞めることができたのだろうか。
大学を出て就職し、普通に働くことができているのだろうか。
そんなこと、今の俺には知る由もない。
きっともう二度と出会うことはないだろう。
さようなら、○○さん。
さようなら、青春の1ページ。
良い人生を。
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と、なると思っていたのだが、
1年後、
彼女ととんでもない場所で再会することになる。

…この話はまた後日、
気が向いたときに書くとしよう。
おわり。